生涯教育(CE)

2006/08/19

会員報告 「Pre-pharmacy課程での一年を振り返って」 後編

中野 暖子

カンザス大学のPre-Pharmacy課程は、薬学部ではなくCollege of Liberal Arts & Sciences(教養学部)に属しておりPharm.D.課程への入学が認められると、専攻をSchool of Pharmacyに変更することになる。したがってPre-pharmacyの学生は実質、教養学部の学生である。さらにPre-pharmacy課程では、臨床に直接関係する科目を受講する機会も少ない。それ故に、Pre-pharmacy課程の学生は医療系の学生であるという実感があまりないのでは、と思ってしまうが、Pre-pharmacy Clubという組合を組織して、会合に薬剤師や薬学部の教官を招いて交流を図ったり、病院や薬局でテクニシャンとして働いたり、ボランティアをするなど、学生次第では臨床に触れる機会があるのも米国ならではである。

ほかにも、社会科学系などの単位は様々な学科、科目から自由に選択できるので、他の学部の基礎科目を受講することも出来る。多くの学生は心理学や言語学、人類学などを受講するようだが、私はSpeech-Language-Hearingという学部の基礎クラスを受講した。きっかけは、ルームメイトがこの学部の専攻で、日本では耳にしたことの無いSpeech Language PathologistSLP)を目指しており、他の医療系の職種を知る良い機会と考えたことであった。実際にはPre-pharmacyの学生は私一人だけで、他はSLPに興味のある学生ばかりであったが、非常に興味深い内容であった。

この授業はHearing ImpairmentCommunication DisordersSpeech Disordersなど、SLPが関わる様々な疾患の定義や特徴、およびSLPによる治療方法について広く浅く学ぶといったものであった。単にSpeech Disordersといっても事故による脳の障害によるものやアルツハイマー病などの疾患によるのもの、先天的なもの、小児の発達段階における異常など、様々な分類がある。SLPも分野ごとに専門に分かれており、活躍の場も学校や病院など様々である。特に興味深かったことは、米国では各公立小学校にSLPが常駐しており、言葉の発達の遅れやLearning Disordersなどのスクリーニングにおいて重要な役割を担っているということである。日本ではこの職種の認知度はあまり高くないが、米国ではこの資格の取得には修士号以上の学位が必要であり、米国では最も信頼されている職種の一つである。病院においても、未熟児の聞こえのスクリーニングテストや、言葉の不自由な患者のリハビリなどで中心的な役割を果たしている。ちなみに、カンザス大学のSpeech-Language-Hearing Departmentには付属のクリニックがあり、専攻学生は一定時間数の見学が必須とのことである。私もSLPによる小児のArticulation Disorders の治療を見学することが出来、教育が臨床現場と一体になっている点は学生にとって非常に有意義なことだと感じた。

余談だが、米国内でも地域によって訛りがあり、俳優など職業上必要な場合にはSLPの治療を受けることもあるという。あくまで、訛りや第二言語として英語を話す人のアクセントの違いは疾患ではないということが前提での治療とのことである。

Pre-pharmacy課程の一年間では、薬学にとらわれない幅広い知識を学ぶことが出来た。必ずしもこれらの全てが、薬剤師として働くにあたって必要となるものばかりではないだろうし、日本で既に学んだことも多かったのも事実である。しかし、米国のPre-pharmacy課程を実際に受講することで、その教育システムやその意義を学べたことや、薬学以外の様々専攻の学生と交流できたことはとても有意義なことであった。秋からはPharm.D.課程の授業を受講するが、医療先進国アメリカの薬剤師教育を学生として体験することで、多くのことを学んでいきたい。

会員報告 「Pre-pharmacy課程での一年を振り返って」 前編

中野 暖子

 昨年8月から一年間、カンザス大学Pre-pharmacy課程に在籍し、解剖学や生理学、Public Speakingなどのコースを受講した。当初の目的はPre-pharmacy requirementの単位取得であったが、同時に、Pre-pharmacy課程のカリキュラムが単に薬学を学ぶ上での基礎知識だけでなく、国語などの一般常識の習得およびコミュニケーションスキルの向上など、広く網羅していることを学ぶ良い機会となった。

渡米するまで私は、Pre-pharmacyで学べることは少ないだろうと考えていた。実際、生物系の授業の内容の多くは、日本の薬学部の低学年で学んだものであった。しかし実際には、新しく学んだことも多かった。なぜなら米国のPre-pharmacy課程で学んだ内容は、私が在籍していた日本の大学では薬学部の授業として行われていたため、その内容は高学年で学ぶ分野の基礎、つまり、薬に直接関わる分野に偏りがちになっていたからである。おそらく、私が日本で受けた4年間の教育システムでは、時間的な制約もあるために、国家試験で出題される分野を中心とした授業になってしまったのであろう。一方カンザス大学では、どの授業もPre-pharmacyの学生だけでなく他の学部の学生も受講しているので、全ての内容が直接薬学に関係するわけではないが、その分幅広い教養を学ぶことが出来る。

例えば解剖学の授業を比較すると、日本では肝臓や腎臓、心臓をはじめとした各臓器の機能は時間をかけて学んだが、カンザス大学ではその他に、筋肉の名称、筋繊維の種類、接している骨や関節の動き(Abduction, Adduction, Rotationなど)や支配している神経の名称など、より広く学んだという印象がある。おそらく、薬剤師がこれらの分野に関わることは少ないだろう。しかし、医療チームの一員として、医師や看護師など、解剖に詳しい職種のメンバーと対等にやりとりをするには、このような知識が必要ではないだろうか。実際、日本の大学院在籍中に、大学病院の緩和ケアチームで研修させていただいた時、看護師はカルテやX線写真をもとに、骨転移の患者の痛みや四肢の麻痺を解剖学的に分析できるのを知り、薬剤師も鎮痛補助薬などを選択する上で、解剖学の知識が必要なのを実感した経験がある。このように一見、直接薬剤と関係の無い分野であっても、患者の病態を理解する上で、または他の医療従事者との意思疎通を図る上では重要な場合が多い。したがって今後、日本の薬学教育が6年制に移行する際には、薬学にとらわれない幅広い知識の習得が「医療チームの一員としての薬剤師」育成に必要なのではないだろうか。

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