生涯教育(CE)

2024/07/31

第212回コラム「日本のワーママの現状に思うこと」

横田 麻衣

 私は現在アメリカのカリフォルニア州で臨床薬剤師としてフルタイムで働いている。去年、第一子が生まれワーキングマザー(以下ワーママ)の一人となった。以前のコラムで日本においての働く女性の現状と困難を痛感した(コラム第191回参考http://pharmd-club.cocolog-nifty.com/blog/2022/03/post-70c2f2.html )。日本にいる友人にもたくさんのワーママがいるが、働きながら育児に追われて忙しいという声をたくさん聞く。

 2023年のBureau of Labor Statistics調査によるとアメリカには74%の18歳以下の子供を持つ母親が働いており、そのうちの80%ほどがフルタイムで勤務している。2021年の厚生労働省の調査によると日本には75.9%の18歳以下の子供を持つ母親が働いており、そのうちの29.6%が正規雇用であった。

 幸せな人生を送るためには自分・家族・仕事などのバランスを取る事が重要となってくるが、次々と出てくる困難や悩みは子供の年齢や自分の職業によって様々であろう。今回はアメリカで新米ワーママになった私が日本のワーママの環境について思う事を話したい。

産休・育休について

 日本の産休・育休はアメリカに比べてかなり長い。どちらが良いのかは個々の考えによって違うだろう。私の住むカリフォルニア州では産休 (Disability Leave、以下DL、の一種) が出産予定日の4週間前から産後6週間 (問題のない経膣分娩の場合) となっている。しかしながら、仕事のため産休を出産予定日ギリギリまで取らない妊婦さんも多いのも事実である。

 また、カリフォルニア州の育休 (Family Leave、以下FL、の一種) 12週間となっている。この権利を獲得するために、以下の二つの項目を満たさなければならない。

  1. 現職に1年以上勤務している
  2. 現職で1250時間以上働いている

  以上が満たされない場合FLを受け取れない、すなわち復帰後に自分のポジションが確保される保証はない。日本の育休は最大2年間取得することが可能となった。子供と過ごせる時間が増えた一方、2年後復帰した際に浦島太郎状態に陥ってしまうという意見をたくさん聞く。合計4ヶ月の産休・育休を取った私でも復帰した際に元のコンディションに戻るのに時間がかかったので、2年のブランクから抜け出すのにはかなりの時間がかかりそうだ。

仕事復帰後の生活

 アメリカでは母親が仕事に復帰してから赤ちゃんはどこに行くのか。私達の場合はベビーシッターにお願いをしたが、保育園などの施設に預けたり他の家族が面倒をみたりと色々である。アメリカでは施設にて生後6週間からの幼い赤ちゃんの受け入れも可能なため、早く仕事に復帰するワーママには助かる。

 また、個人的な意見であるがアメリカでは有休も日本よりも取りやすい環境であると感じる。産休・育休は短いが、その後の子供のライフイベントに有休を使って参加できるのはありがたい。一方、日本は有休をとる事があまり良い事に捉えられていない場合が多いのではないだろうか。そうなると、最大2年の育休をできれば逃したくないと言う気持ちになるのかもしれない。また、子供が体調を崩せば自宅で療養となるが、日本では基本的にお母さん役目と認識されているだろう。アメリカでは両親で交互に休みを取る事でお互いの負担を減らすよう努めている家族もたくさん見かける。

ワーママの何が大変なのか?

 友人達の話を聞いていて思う事は、日本のワーママは周りからのサポートが少ない、かつ助けを求めにくい雰囲気にある。家事・育児・仕事、ママはする事がたくさんあり、自分の時間を持てないどころか山積みの任務に追われて一日を終える。私は幸いにも夫と家事・育児を分担しているだけでなく、分担を可能とする環境が整っている。日本にも家事・育児を率先して一緒に行なってくれる旦那さんも多くなってきているが、仕事から家に帰るのが遅いため手伝えることも限られているケースも多々ある。以前のコラム(191)にも記載されていたが、日本の残業時間が原因の一つとなっているのだろう。

 また、「他人に迷惑をかけない」と言う文化から、ワーママに限らず子育てに対して社会からの理解も薄いように感じる。例えば、通勤ラッシュ時の電車に赤ちゃんと乗車しなければならない場合の議論がSNSで繰り広げられている。「電車が混むのはわかっているのだから時間をずらすべきだ」、「ベビーカーなんて以ての外だ」、などの意見を見かけた。さらに、優先座席は満席であることも多く、赤ちゃんを抱っこしていても席を譲ってもらえることは少ない。アメリカでは、公共の交通機関で子連れ、妊婦さん、お年寄り、荷物が多い人などをみると直ぐに席を譲ったり助けてくれたりする。社会が子育てに協力する事も、ママ達にとってはとても助かるだろう。

セルフケアの大切さを知って欲しい

 日本の独特な美徳として、「利他の心」という考えがある。まず子供や家族を優先して自分(母)は後回し。母に限らずアメリカではセルフケアがとても重要視されており、他人のケアをする前に自分をしっかりとケアしようと言う考えが広まっている。「自分の疲れているときのサインは何か」、「何をしたらエネルギーチャージができるのか」、「その時間をどのようにしてとるのか」、自分だけでなくパートナーや家族、または家事代行などにもっと頼ってもいいのではないか。

 私はセルフケアが必要だと思った時、心のエネルギーを保つために仕事前の朝5時にプールに泳ぎに行ったり、娘の寝かしつけを夫に任せて早めに寝たり、心がしんどい時は、お昼休みにリモートでカウンセリングセッションを受けたりするなどしている。アメリカの子供を持つ夫婦には子供を祖父母に預けて2週間の旅行に行く人などもいる。日本のママ達はもう少し自分の肩から荷を下ろし自分のために生きて欲しい。

まとめ

 今回は日本のワーママから聞いた話を元に私が思ったことを記した。今年、我が子と日本に一時帰国をした際、日本には至る所に綺麗な授乳室があったり、子供が遊べる場所があったり、トイレには赤ちゃんを座らせる椅子なんかも付いていて、社会全体の設備としてはとても子供に優しい国だと感じた。しかしながら、設備が整っていてもまわりの人々が子供を歓迎しているかと言われると難しい所である。

妊婦・赤ちゃんに対しての電車での優先座席・ベビーカー問題であったり、休暇申請の取りにくさであったり、地域や所属によって反応は様々であるがキャリアを持続していくためには肩身の狭い思いをしているワーママも多いだろう。

 アメリカでは設備は充実していないが、子供・家族に対して社会の理解があると感じる。これを文化の違いと言ってしまえばそうなのかもしれない。また、根強い文化が絡んでいるからこそこの状況を変える事が難しい現実がなんとも歯がゆい。

 フルタイムでもパートでも専業主婦でも、自分の納得できる環境でママ達が自分らしく輝けるようになって欲しい。そして、ママ達も自分が輝く権利があることを忘れないでほしい。

2024/04/26

第211回コラム「うまく教える、うまく教わる」

上塚 朋子

 新年度が始まり、新しい入職者を迎えた職場も多いのではないでしょうか?これまで多くの新入職を迎え、研修に携わってきたものの、毎年毎年達成感よりも反省点が多いのが現状です。何を教えるかについては、ある程度定まったものがあるので、大きく悩むことはないのですが、年々その内容は増加し、複雑になっているところに問題はあると認識はしています。一方どのように教えるかについては、万能な方法は存在せず、一つの方法が良いと信じて試してみても、うまくいったり行かなかったりと難しさを感じます。何年たっても永遠に解決しないのではないかといった、今も昔も共通の悩みがある一方、近年変化している悩みもあると感じています。これは、私個人だけではなく、他施設の薬剤師や職場の看護師などの他職種からも同じ悩みが聞かれます。ある日、書店で「若者に辞められると困るので、強く言えません」というタイトルが目に留まりました。

 自分自身は厳しい指導、別の表現をすれば雑な指導を受けてきた世代ですが、自らが受けてきた指導法のままで部下を教えればよいという時代ではなくなってきているというところに難しさがあります。といって、嘆いていても時が過ぎるだけで、何も解決しないので、上司自身が変わっていくしかないことになります。

 前述の書籍で一番印象に残ったのは、「経験から学ぶのだから、“とりあえず”やってみるには注意が必要。まず先に、見通しを立てさせる」というところです。挑戦する仕事に対して、遂行に必要な基本的知識は備わっているか?を事前に確認することが重要になります。基本的知識がない場合には、先も見通せず、結果失敗に終わったり、ダメ出しをされたりして、自信を喪失するという展開になりがちです。そして、新しい仕事に挑戦するのが怖くなる・積極性がなくなるという負のスパイラルに陥る。そうならないように、見通しを立てるところは丁寧に部下に問いかけながら、明確化させる。その中で紹介されている問いかけのコツは、尋問にならないような柔らかい表現で質問していくこと。そして適宜助け舟をだすこと。見通しを立てた後で取り組むメリットとしては、事前に見通せなかった質の高い気付きを得ることができることが挙げられています。例えば事前の下調べなく聞いた講演会と、タイトルから事前に内容を予想して、自分に必要な情報はどんなことだろうと準備して臨んだ講演会からの気づきの違いを想像すれば、見通しを立てることの意義に納得いただけるのではないでしょうか?

 ただ、この書籍を読み終わっても、なんだか私の中ではモヤモヤが残っていました。そして偶然、目に留まったオンラインの記事を読んで、必要なのはこちらなのかもしれないと思ったのです。「教えられ上手になるために」というタイトルで、研修医としてより多くの学びを得るためのテクニックが挙げられていました。私自身はここ数年、教える側がどうするべきかについて考えてきましたが、教わる側がこの記事を読んで学ぶことで得るものは大きいし、それによって教える側との相互作用も良い方向に働くのではないかと。紙面の都合上抜粋してお伝えするので、興味があれば引用元の記事をご覧ください。

<教えられ上手になるための6つのテクニック>

・明るい表情・反応・相づち

・積極性・旺盛な好奇心

・率直さ・素直さ

・アクティブにメモを取る

・迅速な自主トレ

・報告と感謝

 いかがでしょうか?教えられる側としては、入職同期が複数人いる場合、自分のプリセプターより他人のプリセプターがよく見えて、自分より他人のほうがうまく教えてもらっていると思うこともあるかと思いますが、上記テクニックを身に付ければ研修の効果も高まると思います。薬剤師として身に付けなければいけないことは山のようにありますが、より効果的に研修をすすめていくうえで、この情報が参考になれば幸いです。

参考:横山信弘、若者に辞められると困るので強く言えません、東洋経済新報社

松尾貴公、連載 医学界新聞プラス レジデントのためのビジネススキル・マナー、第2回教えられ上手になるために、https://www.igaku-shoin.co.jp/paper/archive/y2024/rbm_02

2024/03/29

第210回コラム「集中治療専門薬剤師制度創設に向けて」

 前田 幹広, Pharm.D.

 2024年度より、日本集中治療医学会で集中治療薬剤師専門薬剤師制度が創設されます。私がレジデンシープログラムを受けた米国では、1970年代には集中治療室において多職種の必要性が認識され、薬剤師は、TDM・栄養サポート・回診参加などの臨床業務を構築していきました。1980年代には集中治療に従事する薬剤師の研修プログラムが開始され、1990年代には集中治療専門薬剤師レジデンシープログラムの基準が策定されました。私が米国で集中治療専門薬剤師レジデンシートレーニングを受けたのは2009年ですが、当時の2年目レジデンシープログラム(PGY2)では、すべての領域の中で集中治療専門薬剤師レジデントの募集人数が最も多くありました。それだけ、集中治療専門薬剤師が米国では根付いている現状があります。

 一方で、日本では2008年に薬剤管理指導料の算定が集中治療室でも可能となり、2010年に日本臨床救急医学会で救急認定薬剤師制度が設立されたことにより、集中治療室で従事する薬剤師が取得できる認定制度として広まっていきました。一方で、集中治療室で薬剤師が行う業務については標準化されておらず、配置薬の管理などの対物業務のみを行っている病院もあり、集中治療室で薬剤師が何の業務を行えばよいかという相談をされることも多かったため、2020年に日本集中治療医学会の集中治療における薬剤師のあり方検討委員会(現 薬剤委員会)で集中治療室における薬剤師の活動指針を発表しました1。活動指針が発表されてまだ4年のため、行動指針がどこまで浸透し標準化されたかの評価は行っていませんので、今後の課題です。

 すでに、2022年度に特定集中治療管理料を取っている集中治療室では、90%以上の施設で兼務/専任/専従の薬剤師を配置しており、集中治療医がいる集中治療室では薬剤師が何らかの形で関与していることが分かります。しかしながら、中小の市中病院などでは薬剤師の配置が進んでいない現状もあるため、集中治療専門薬剤師には、病院単位ではなく、地域や全国単位で集中治療室の薬剤師を育成することに寄与してほしいと期待しています。また、集中治療の薬剤に関するエビデンスを作ったり、診療ガイドラインの策定に関わることも期待しています。

 今後の集中治療専門薬剤師制度にご期待ください!

参考文献

  1. 集中治療室における薬剤師の活動指針. 日本集中治療医学会集中治療における薬剤師のあり方検討委員会. 日集中医誌 2020;27:244-7.

2024/02/24

第209回コラム「グループインタビューにおけるアイスブレイク・チームビルディングの活用例」

岩澤 真紀子

 私の勤務先の大学では、毎年、提携している海外の大学から留学生を日本に招き、「国際チーム医療演習」を行っている。薬学部だけではなく、医学部、看護部、医療衛星学部など、医療系学部が協力して進行しており、各学部の担当委員が役割分担をしている。私は今回、オリエンテーションでの演習概要とアイスブレイクセッションの進行を担当することになっている。留学生を交えてのアイスブレイクセッションを担当するのは初めての経験で、アイスブレイクに適したゲームを調査している最中に、米国のレジデンシーインタビュー試験でのグループインタビューを思い出した。

 レジデンシーのインタビューでは、異なるプログラムで行われる様々な試験の中で、「アイスブレイク・チームビルディング」を活用したグループインタビューがあった。この試験は、面接日当日に複数の志願者がグループで面接を行う面接形式である。典型的な複数の面接官によるパネルインタビューとは異なり、事前準備ができないため、私にとっては最も難易度が高く失敗した試験の一つだった。このプログラムでは、グループインタビューに加えて、その場でエッセイを書く試験やパネル形式のインタビューも行われ、全てが1日で終了した。受験者からどれだけ優秀な人材かを見つけ出すための工夫がなされていた試験であり、インタビュー側の意欲を感じる試験でもあった。

 最初の試験では、志願者がお互いに自己紹介をし、10人ほどいる面接官の前で10分間の他己紹介を行った。次の試験では、くじ引きで選んだ質問に即座に答える形式で、とっさの起点やプレゼンテーション力が試された。これらの試験は、一般的なアイスブレイクの手法でもある。

 グループインタビューの最後には、グループプロジェクトが行われた。志願者は2つのチームに分かれ、5つの紙皿、5つの紙コップ、紐、テープを用いて、どちらのチームがより高い塔を作れるかを競った。チームの中でのリーダーシップや計画力が審査され、限られた時間内で面白いプロジェクトが展開された。

 同様のゲームには「マシュマロチャレンジ」や「ペーパータワー」がある。特に「マシュマロチャレンジ」は、チームビルディングの手法として広く知られており、社内研修などでも活用されている。日本では「日本マシュマロチャレンジ協会」が設立され、普及活動が行われている (http://www.marshmallow-challenge-japan.org/)。このゲームは、パスタ、テープ、ひも、マシュマロを使用して自立可能なタワーを作り、最も高いタワーを作ったチームが優勝する。TEDでのトム・ウージェック(Tom WUJEChttps://www.tomwujec.com/)による「Build a tower, build a team」というスピーチでは、このマシュマロチャレンジに関する興味深い研究結果が紹介されている。

 今回の調査を通じて、アイスブレイクやチームビルディングの手法は多岐にわたることがわかった。このコラムでは一部しか紹介できなかったが、今後の機会に実際に選択したゲームや振り返りについて共有できればと思う。 

2024/01/15

第208回コラム「人間力のバランス」

 中川 直人

 私が教員職について7年目が終わろうとしてます。私が在籍する大学(以下、本学)は、地域に薬剤師を輩出する必要性から、薬剤師国家試験の合格を目指す学生が多く入学してきます。この7年間の本学の学生教育を振り返ると、様々な思いが浮かんできます。また、この7年間では私の子供たちも大学に進学したり、大学受験真っただ中だったりして、本学の学生との関りがそのまま私の子供たちとの関りと重なり、様々なことを考える時間がありました。そのことについて、徒然なるままに述べていこうと思います。

 本学の学生の中には、薬剤師国家試験の外部模擬試験で全国トップ10に入る学生がいます。外部模擬試験といえども、345問中300問以上の正解の選択肢を選ぶのは、薬剤師歴が長い薬剤師の先生でもここまでの高得点はなかなか取れないと思います。私も取れません!基礎から臨床までの幅広い問題をバランスよく得点するには、6年間で学んだことが十分理解されているからこそ良好な成績が取れるのだと思います。しかし、このような成績優秀な学生をすこし俯瞰的に観察すると、まれに人間力のバランスの悪さを感じることがあります。誤解を避けるために申し上げますが、成績優秀な学生の多くが人間力のバランスが悪いと言っているわけではもちろんありません。大谷翔平のような人間力のあるよい学生も本学には多くいます。

 ところで、人間力とはなにか?

内閣府の「人間力戦略研究会報告書」1)によると、人間力とは「社会を構成し運営するとともに、自立した一人の人間として力強く生きていくための総合的な力」と定義されています。そして、人間力の構成要素は「知的能力、対人関係力、自己制御力」の3つであるとされています。この報告書では、近年の若年層の人間力低下の原因のひとつとして、「夢もしくは目標の喪失」を挙げています。その理由は以下のものが挙げられています。

― バブル崩壊後の日本経済の低迷を背景に、就業機会が大幅に減少するとともに、リストラ、不祥事が蔓延している。就業による自己実現の可能性の低下や身近な大人の自信喪失、成功モデルの崩壊により、目指すべき目標像が見えにくくなっている。

― 先行き不透明感が高いため、依然として従来型成功モデルを追求する競争も一部では益々激化している。

― 他方で、少子化に伴い、一部の難関校を除けば進学が容易になり、高い目標を自ら設定して無理をするよりは、現行能力以内のレベルで満足しようとする傾向がある(但し、心から満足はしていない)。

― グローバル競争の下で「成果評価」重視が求められつつあるにもかかわらず、学校においては依然、「入り口評価」が主流。このため、入学難関校でも、入学後の勉学に対する意欲が低い。

  つまり人間力の低下は、これまでの日本の社会背景を反映していると言えます。とはいえ、過去を嘆いて学生の人間力が低下していることを教員側から学生に投げかけても解決になりません。

 この報告書にはそのほかの原因も提示したうえで、人間力を培うための提言をいくつか挙げています。その一番に挙げている提言が「学校」です。つまり大学を含めた小学校・中学校・高校である学校です。「学校が変わる」「教員が変わる」などの小項目が並んでいます。私はこの提言に沿って本学も変化していく必要性を感じていると同時に、大学生になるまでの小中高の過程も同時に変化して初めて成果が表れるものだと思います。

 二番目に挙げている提言は「家庭・地域」です。私がこのコラムでフォーカスしたいのは、この「家庭」です。

 主題にたどり着くまでの前置きが少々長くなりましたが、学校が変わることは大前提としても、1日24時間のうち、家庭にいる時間は学校にいる時間より長いですね。つまり、「家庭における教育=親を含めた人生の先輩の関わり」が人間力を養う大切なキーなのではないかと最近考えるようになりました。

 私の子供に対する接し方を振り返ると、私がPharmD留学していた3年間は子供たちは幼稚園生で、5か月だけアメリカで一緒に過ごしましたが、長女が小学校に上がる年齢に合わせて家族は日本に帰国して、私は単身生活になりました。課程修了後私は日本に戻り、子供たちと接する時間がとれるようになりました。子供たちが小学生から大学受験に至るまでの間は、リビングの食卓で私はいろんな話をしたつもりです。例えば、価値観の違い、世の中の動きのとらえ方、人間がいろんなことで争う理由、ニュースの見方など様々です。私が子供たちと話す機会は世間の父親と同じように、食事する時間などに限られます。その時の話が子供たちにどれだけ響いているかは全く定かではないです。私の中学・高校の頃を振りかえれば、親から言われたことは右から左に流していたことも確かに多かったです(笑)。しかし、その時は親から言われたことの真意は理解できなかったけれど、人生を重ねていくと、あの時に言われたことがこのことにつながっていると気づくことは皆さんも経験があるのではないでしょうか?

 人間力を培うことは一朝一夕でできるものではありません。本学の教育理念に「人間性豊かな・・・」という言葉が入っているので、人間力を培うものをカリキュラムに取り入れてはいます。しかし、学生が20代前後になり本学で学ぶまでには、すでに個人の土台となる人格や性格はある程度形成されてきているので、これらを大学教育で簡単に矯正できるものではありません。何が言いたいかというと、多感な成長過程にある小中高の子供たちに対する親を含めた人生の先輩の家庭での接し方が、人間力を培う一番の土台を担っているのではないかということです。

 大学の一教員の個人的な考えということで述べましたが、ご意見やご批判などあると思います。このコラムを読んでいただいている方には現役薬剤師の方もいるかと思います。将来、自分の子供も薬剤師として活躍してほしいと願っている方もいるのではないでしょうか?もしそうであるならば、多感な時期を過ごしているお子様との時間を大切に過ごしてほしいと思います。その子供たちが将来の日本の薬剤師の世界を変えていってくれることでしょう。このコラムを読んでいただいている方が薬学生であれば、今一度、人間力とは何かを考えていただき、それが医療職である薬剤師になぜ必要なのかを考えるきっかけになればと思います。

 1)内閣府ホームページ;人間力戦略研究会報告書https://www5.cao.go.jp/keizai1/2004/ningenryoku/0410houkoku.pdf 参照 2024/1/11.

2023/12/12

第207回コラム「薬学教育における時間と質のバランス」

磯 友菜

 みなさんは、たくさんある大学の中から行きたい大学を選ぶ際に、何を基準にして決めた、もしくはこれから決めるでしょうか。大学の立地やカリキュラム、入学に必要な条件、授業料や生活費、卒業生の免許取得率や就職状況など、優先事項はさまざまかと思います。しかし、日本で薬学部に進む場合、卒業にかかる年数は6年と決まっており、どの大学でも同じで大学を選択する際の基準にはなりません。一方で、アメリカでは卒業にかかる年数が学校により異なる場合があり、学校選択の際の一つの要因になります。

 Doctor of Pharmacy (PharmD)プログラムとは、薬学の専門知識と臨床実務経験を組み合わせた大学院博士課程プログラムで、アメリカで薬剤師免許を取得するためには、ほとんどの場合、Accreditation Council for Pharmacy EducationACPE)という薬学教育の質を保証する機関によって認可されたPharmDプログラムを卒業する必要があります。ACPEの認定条件を満たす内容を4年かけて学ぶプログラムが最も一般的であり、3年間の座学と初期の臨床実習を終えた後、1年間の長期臨床実習を経て卒業となります。日本とは異なり、PharmDプログラムは博士課程の扱いになり、また基礎科学(化学、生物学、物理学など)などは基本的に教えないので、入学するには、薬学の学習に必要不可欠な基礎的な科目の単位を、大学の学士課程で取得している必要があります。そのため、最も一般的な学生は、高校卒業後、8年(4年の学部+4年のPharmD)をかけて薬剤師免許を取得することになります。入学に際して、基礎科学などの単位を取得していることは必要条件ですが、学士号の取得は基本的に必須ではありません。そのため、1~3年かけて必要な単位のみを取得しPharmDに入学する学生もいます。また、Pre-Pharmacyプログラム(約2年)と呼ばれる基礎を学ぶプログラムとPharmDを合わせたプログラムを用意している学校もあます。この形態が、一番日本の薬学教育に近く、通常、高校卒業後6年かけて薬剤師免許を取得することになります。

 数は少ないですが、現在増えてきているのが、Accelerated Programsと呼ばれる3年制のプログラムです。教育内容がACPEの基準を満たしている限り、認可に問題はありません。この場合、通常4年で学ぶ内容を3年や3年半に凝縮して提供することになります。この変遷の背景には、さまざまな理由がありますが、一つには経済的な理由が挙げられます。学校によりますが、3年でも4年でも学ぶ内容は同じなので、卒業にかかる学費はあまり変わりません。しかし、生活費や在学中の収入、生涯年収などは1年でかなりの差になります。特に家賃、食費や光熱費などの生活費の高騰はかなりの影響があります。他にも、入学希望者の減少と学生の質の低下が理由に挙げられます。大学側は、質の高い学生を定員数確保するため、魅力的なカリキュラムを提供できるように努力しています。その一環として、他のPharmDよりも早く卒業できるプログラムを売りにしていることもあります。また、3年半で卒業できるプログラムの利点の一つが、半年早く薬剤師免許の試験を受けられることがあります。アメリカの薬剤師試験は、卒業後、自分の好きなタイミングで受けることができますが、卒後レジデンシーに行く学生は、なるべく早く免許を取得する必要があります。不合格になっても、プログラムが始まるまでに何回か受験のチャンスがあるので、忙しくなる前にしっかり準備して試験を受けることができることも魅力の一つです。しかし、Accelerated Programsの不利益な点もあります。大きな問題の一つとして、凝縮されたカリキュラムのため、一部の課外活動が制限されてしまうことです。特に、Accelerated Programsでは、長期の夏休みがなくなるため、夏休みを利用してのインターンシップや研究活動は大きく制限されてしまいます。アメリカの就職において、ネットワーキングはとても重要で、ボランティアやインターンシップを通して就職先が決まる学生もたくさんいます。また、各種学会への参加やポスター発表でのネットワーキングも、その後の就職活動やレジデンシープログラムのマッチングの際に重要です。PharmDの学生にとって、授業外の課外活動も重要な学びの場であり、ネットワーキングの機会であるため、課外活動の制限は学生にとっては不利益となってしまいます。

 PharmDプログラムに入学する学生のバックグラウンドは多岐にわたります。化学や生物系の学士号取得者が多いですが、修士号や博士号の取得者、テクニシャン(調剤補助者)の経験者、看護師や救急隊員など他の医療職の経験者、さらには全く関係のない領域の社会人経験者も多数入学します。また社会経済的なバックグラウンドも様々で、家族を養いながら通う生徒もたくさんいます。このような多様性のため、アメリカでは卒業にかかる年数も、学校選択の際の一つの重要な要因になっています。

参考文献

https://www.pharmcas.org/school-directory/pharmd-directory 

2023/10/29

第206回コラム「学生やレジデント指導は職業上の義務か?」

城戸 和彦

このシンプルな質問について、指導薬剤師として一度は直面したことがあるのではないでしょうか。今回は、このテーマについて議論した「Precepting as a Professional Obligation」という記事を、アメリカ病院薬剤師団体(ASHP)から共著者として出版する機会を得たので、その内容を紹介します。

まず、この声明でASHPは、「全ての薬剤師に学生やレジデントを指導するプリセプターとしての責任がある」としています。「全ての薬剤師は、学生やレジデントを指導し、薬剤師の実務と患者ケアを発展させるためにプリセプターの責任を受け入れるべきである」と記しており、加えて「全ての薬剤師にプリセプターとしてのスキルを発展させ、指導のための時間と資源を提供する」よう奨励しています。

「プリセプターの価値」についても述べています。プリセプターの価値は、学習者、プリセプター自身、医療機関、患者にとって多くの利益をもたらします。学習者にとって、プリセプターは将来薬剤師として働く際のアイデンティティ形成やキャリア選択などに大きな影響を与えます。プリセプターにとっても、学習者を実地現場で指導することで臨床的な生産性が向上します。医療機関と患者にとっても、学生やレジデントが患者ケアの向上に貢献し、医療機関の薬剤業務を改善することが期待されています。 

プリセプターの所属先の責任についても、「薬学部や所属する医療機関は、プリセプターの発展を支援し、指導者スキルの向上を奨励し、学生やレジデントを実地実務に組み入れる文化を促進する責任がある」と述べています。学生指導は薬剤師の未来に貢献する貴重な経験であり、将来の薬学臨床家に影響を与えます。プリセプターには日常の実務にプリセプターの役割を統合し、学術的な業績を文書化することが奨励されています。

プリセプターは、プロフェッショナリズム、コミュニケーション能力、スキルと知識の実践のアドバイス、指導、実地実習中のフィードバックを提供する役割を果たします。実務経験のあるすべての薬剤師は、卒後研修(レジデント研修)を受けていない場合でも、薬剤師としての責任があると認識されています。プリセプターは、学習者のトレーニングだけでなく、トレーニングの継続的な品質向上プロセスにも参加する責任があります。プリセプターとしての価値、学習者が薬剤師として果たす拡張的な役割、学習者が患者の結果に及ぼす影響について、学術的な業績を通じて文書化することが奨励されています。

ASHPの「プリセプターの責任」に関する声明は、プリセプター、所属する医療機関の責任、さらには薬学部の責任についても述べています。学習者の指導が、プリセプター、医療機関、そして患者にとっても有益な形態をとることの重要性を再認識する内容になっています。是非、新しいプリセプターのオリエンテーションやプリセプターの研修資料としてご活用ください。

引用先

Wisniewski J, Williams C, Carroll D, Richter L, Eudaley S, Kido K. ASHP Statement on Precepting as a Professional Obligation. Am J Health Syst Pharm. 2023 Oct 16 [Online ahead of print].

2023/08/28

第205回コラム「米国リフィル処方と薬剤師の役割」

横田 麻衣

 日本では2022年度診療報酬改定からリフィル処方箋が導入され、202212月の日本保険薬局協会のデータによると、総受付件数に対するリフィル割合は0.102%であった。一方、アメリカ合衆国カリフォルニア州では1951年にリフィル処方が開始されており、 現在ではかかりつけ医から処方される慢性疾患薬の多くにリフィル処方が使用されている。

 今回は、日本と米国(カリフォルニア州)のリフィル処方について利点・欠点を比較し、米国薬剤師がリフィル処方に対してどのような役割を担っているか、そして日本における今後の課題について考察する。

日米リフィル処方の比較

日本と米国カリフォルニア州のリフィル処方を以下に比較する。

 

日本

米国(カリフォルニア州)

形式

紙媒体

主に電子媒体

有効期間

1回目:4日以内

2回目以降:

次回調剤日から7日前後

1

リフィル回数制限

最大3回

制限なし(最長1年)

有効なリフィルの管理

患者

薬局

失効したリフィルの管理

薬局

薬局

対象外薬

麻薬、劇薬、新薬、

向精神薬、等

麻薬(CS II)

*CS III~IV制限あり*

CS: Controlled Substance

リフィル処方の利点・欠点

日米のリフィル処方において多少の違いはあるが、共通している利点・欠点を以下に挙げる。

1.利点

・医師の業務負担の軽減とそれによって医師の診察を必要とする患者が診察される

・医療費削減

・患者の通院にかかる費用と時間の軽減

・薬剤師が患者ケアに、より携わることができる

2.欠点

・医師の診察が減ることで効果の確認や副作用を見逃してしまう可能性がある

・患者自身も効果・副作用の症状をモニタリングし報告しなければならない

・薬剤師への負担が増える(業務・責任の増加)

リフィル処方の欠点を補う米国薬剤師の役割・職種

アメリカではこれらの不利点をどのように補っているのか。リフィル処方に携わる米国薬剤師の役割を職種別に紹介する。

1.薬局薬剤師

日本の薬局薬剤師と同様、リフィル処方の調剤・監査、新しい処方箋の服薬指導に携わる。また、患者がリフィル薬を受け取る薬局を変更したい場合、リフィルの移行をする。新しい処方箋の場合、患者へ服薬指導を行うことが法律で定められているが、リフィル薬のカウンセリングに対しての規定はない。患者側から質問や気になる症状を訴えてきた場合は薬剤師がカウンセリングを行い、副作用が疑われる場合は患者にかかりつけ医に報告するよう促すか、緊急性が高いものであれば救急外来に行くことを勧める。患者が副作用に気づかない場合を含め患者から何も訴えがない場合、リフィルに対してカウンセリングを行うことがないのが多くの薬局での現状である。

2.Medication Therapy Management (MTM;薬物治療管理)

薬の適切な使用を促すためにMTMの基盤となるものが1990年代 pharmaceutical careという名の下に始まったが、2003年に行政によって公的にMTMとして知れ渡った。主な目的としては薬物治療の最適化、副作用削減、医療費の削減が挙げられる。現在では Medicare Part D*の保険プランを提供している保険会社はMTMを患者に提供しなくてはならない。MTM薬剤師の役割は薬の調剤・監査は含まれず、患者に電話越しでインタビューをし、処方薬の用法・用量の確認だけではなく、効果・副作用・アドヒアランスの確認などの情報を収集する。収集した情報と解決策をまとめた用紙(Medication Action PlanMedication List)を患者に提供することで、患者がかかりつけ医・薬剤師と情報共有できるようにする。また、患者への薬に関する教育を通して患者自身が効果・副作用のモニタリングをできるようになることもMTM薬剤師の役割の一つである。

*Medicare Part Dとは:アメリカの健康保険制度の一部で、高齢者や一部の障がい者が処方される処方薬の費用を補助するためのプログラム

3.Ambulatory care pharmacist 

以前のコラムでAmbulatory care pharmacistの概要について記述した(第183回参照)。毎回の外来訪問で全ての薬をモニタリングしているわけではないが、かかりつけ医と共に働いているAmbulatory Care薬剤師は患者が気になっている症状を話しやすい存在であると思う。筆者は糖尿病罹患患者の外来訪問を主に担当しているが、糖尿病薬の副作用だけではなく向精神薬や高血圧薬など、糖尿病薬以外の副作用と思われる症状、または効果の不足などの訴えを患者から聞くことがある。関与していると思われる薬または症状が同意書の範囲外である場合、かかりつけ医に情報共有し対策を考える。緊急性の高い場合は救急外来を勧める。

まとめ

リフィル処方の欠点を補い、より良いものにしていくために活躍するのが薬剤師ではないだろうか。しかし、他の日常業務で忙しいにも関わらず、更なる業務の加担によって、薬局薬剤師への責任が増えることが問題の一つとなっている。薬剤師の対人業務を増やすためには薬剤師補助またはテクニシャンなどの存在が大切になってくるであろう。また、薬局薬剤師のみならず職種の細分化をすることで負担の分散や、職種の選択肢の幅が広がることで各々のやりがいを見出すことができる。しかしながら、米国においてもMTMやAmbulatory care薬剤師等による患者へのカウンセリングのみでビジネスを継続して行くことは難しいため、このような業務を行える場所は限られているのが現実である。また、最近リフィル処方が導入された日本では、今後タスクシェアによる安全性の担保と責任の所在という点も課題になるだろう。「医師のみの責任」、「薬剤師のみの責任」、ではなく、患者を含め全員が責任を持ちつつ多職種連携することが成功の鍵になってくるのではないだろうか。今後、日本においてリフィル処方の使用割合はどうなるのか、また、それによって薬剤師の役割はどのように変わっていくのかが興味深い。

参考情報

1  https://secure.nippon-pa.org/pdf/enq_2022_15.pdf

2  https://www.cms.gov/medicare/prescription-drug-coverage/prescriptiondrugcovcontra/downloads/mtm-program-standardized-format-.pdf

2023/07/24

第204回コラム「長崎におけるInternational Advanced Pharmacy Practice Experience」

ニューメキシコ大学薬学部 武田三樹子

 アメリカの薬学部では、最終学年になるとAdvanced Pharmacy Practice Experience (APPE)と呼ばれる臨床実習が課されている。学生は、病院、薬局、老人施設など様々な研修施設に行き、1か所の施設で4-6週間かけて臨床実習を行う。実習内容は様々で、指導薬剤師のもと、薬剤師業務の体験(例:調剤業務、外来での患者の診察、病院における回診への参加など)を通して、これまで学んできたことを活かし、知識を確かなものにしていく。またAPPEは、医療における薬剤師の役割や責任を学び、職業意識を高めることにもつながっている。Accreditation Standards and Key Elements for The Professional Program in Pharmacy Leading to The Doctor of Pharmacy Degree (通称Standards 2016) は、日本のコアカリに相当するもので、座学、演習、APPEなど、薬学部の教育の履修内容を定めたものである。APPEには、必須APPEと選択APPEの2種類がある。必須APPEでは、病院での一般内科での実習、外来、薬局などで患者との関わりを通して、薬物の有効的かつ安全な使用を学び、患者とのコミュニケーションも研鑽せねばならない。選択APPEでは、必ずしも患者との関わりを必要とせず、代替医療の実習、研究、教育などを指導薬剤師から学んだり、また、FDAや製薬会社での研修などのユニークなものも認められている。また、自分が深く興味を持っている分野(例:感染症など)を専門的に学ぶ実習なども用意されている。必須APPEはアメリカ国内もしくはアメリカの領土で行うことが定められている。しかし、選択APPEでは、米国と同等の実習内容が保証されている場合、特に、1)職業人としての成長を促す機会を与える実習、2)米国薬学部での履修・学習内容を深める実習、3)様々な学習内容を経験できる実習である場合は、米国外での実習も認められている。

 ニューメキシコ大学 (University of New Mexico College of Pharmacy, 以下UNMCOP) と長崎大学薬学部は2020年に学部間提携を締結した。学部間提携までには、UNMCOPと長崎大学はお互いの特徴を理解し、研究、臨床、教育の分野において相互の発展が望めることを確認した。臨床の分野で興味深かったのは、薬剤師のへき地医療への貢献が双方の共通課題であったことだ。長崎県は日本の中でも高齢化の割合が高く、また、海に囲まれ、100以上の島嶼がある地理的条件のもと、へき地医療の充実に向けて様々な取り組みが行われている。医療従事者の教育においても、長崎大学では医学部、歯学部、薬学部、看護学部の学生が離島実習を体験できるようにカリキュラムが組まれている。ニューメキシコにおいても、へき地医療の充実は医療における優先課題である。全米で5番目に広い土地を持つニューメキシコは、先進医療を担う医療施設が州の中心部のアルバカーキ市に集中しており、それ以外の都市では、医療従事者の不足が深刻で、また、医療へのアクセスが限られている。例えば、アルバカーキの専門医に診察してもらうためには、56時間かけて運転してこなければならない患者も少なくない。そのような地域では、薬剤師が医療の担い手として、また、患者に身近な医療・健康に関する相談相手として、重要な役割を果たしている。UNMCOPでは、薬学部生がへき地の薬局や医療施設で実習を行うことが義務付けられているが、長崎大学のように多職種が連携してへき地医療に取り組んではおらず、また、アメリカでは、日本で一般的に行われている薬剤師主導の在宅ケアも行われていない。そこで、長崎大学と協力し、2019年から長崎におけるUNMCOPの学生のAPPEの実施を検討し始めた。2020年のCOVID-19の感染拡大で双方の行き来ができない間、UNMCOPと長崎大学薬学部の教員たちは何度もウェブでの会議を重ね、APPEのスケジュールをまとめた。長崎でのAPPEInternational APPEと名付けられ、2023年の3月に実行された。私が日本での薬剤師免許を持っていること、英語と日本語の両方が話せることから、International APPEの指導薬剤師兼通訳として長崎に行くこととなった。学生の選考は前年度の秋に行われ、日本でのAPPEに興味を持っていた学生が選ばれた。今回のAPPEでは、UNMCOPの臨床実習の責任者 (the Associate Dean for Experiential Education) も同行した。

 UNMCOPでのAPPEは、一つの研修先に4週間を費やす。International APPEも同様に4週間のスケジュールで行われた。第一週は、講義と自主学習の組み合わせで、日本の医療制度、医療保険制度、薬剤師先導の在宅ケア、日本独自の調剤方法(粉や水剤の調製、一包化など)、漢方薬について、日本の薬学部の教育に関して、そして日本や長崎の文化を学んだ。第一週目のアメリカ時間の木曜日に日本に向けて出発した。日本到着は金曜日の午後で、時差による睡眠や体調の調整をした後、日曜日に長崎へ移動した。

 第二週目は、長崎大学薬学部の学生さんによるお茶会から始まり、長崎大学薬学部での事前実習、長崎大学病院での研修、漢方専門薬局の見学、学生のプレゼンテーションを行った。事前実習では、処方箋を見て、処方解析、そして、模擬薬局において粉や水剤の調製、軟膏のミックス、一包化などの練習を行った。学生には事前実習に真剣に取り組んでもらうため、長崎大学の実務教員と私が作成したOSCEに合格することを病院実習開始の条件とした。長崎大学病院では、薬剤部の各部署の見学が主であったが、実際に患者のバンコマイシンの投与設計を行ったり、調剤業務を体験することができた。また、漢方専門薬局での見学をすることで、日本における漢方薬の使用状況、漢方薬の調剤(乾燥した薬草を用いた調剤)を学んだ。最終日の学生のプレゼンテーションでは、長崎大学の教員と学生に、これまで自分が体験してきたAPPEの内容を話した。第二週目の週末は、長崎観光と上五島への移動に充てられた。長崎観光は、長崎大学の学生さん3名がボランティアでUNMCOPの学生を長崎市内の観光地に連れて行ってくれた。

 第三週目は、上五島での研修に充てられた。上五島は、最近放送されていたNHKの連続テレビ小説、舞い上がれの舞台でもあった。長崎市から高速船で約二時間ほどのところに位置している。上五島は高齢者の割合がかなり高く、薬剤師による在宅ケアは高齢者の医療を支える重要な仕事である。上五島では、薬局での調剤、患者さんへの服薬指導、在宅訪問への同行などを体験した。また、上五島病院では、薬剤部も含めた病院見学も行われた。在宅訪問では、薬剤師が調剤や調剤した薬の配達をするだけではなく、薬剤師によるバイタルサインのチェック、薬歴のチェック、患者さんとのコミュニケーション、そして他の医療従事者との間で密接に関わり、医療を支えている現実を学ぶことができた。最終日には長崎大学薬学部に戻り、UNMCOPの学生は今回のAPPEで学んだことのまとめを長崎大学の教員と学生、そしてUNMCOPの引率の教員に向けて発表した。

 第四週の始めにUNMCOPの指導薬剤師と学生はニューメキシコに戻り、水曜日までは時差による疲労からの回復に努めた。そして木曜日には、引率の薬剤師と学生は時間をかけて日本での実習を振り返り、どのような学びがあったか、また、来年に向けて改善すべき点などを話し合った。そして最終日には、International APPEに参加した学生は薬学部の教員、学生、スタッフ向けのプレゼンテーションを行った。このプレゼンテーションに参加した学生や教員は、初めての日本でのAPPEに高い興味を示し、プレゼンテーションの後の質疑応答では多くの質問を受け、ディスカッションは15分以上にも及んだ。

 このAPPEを通して、UNMCOPの学生が異なる文化と異なる薬剤師の役割を積極的に学んでくれたことは大きな収穫であった。実は、長崎とニューメキシコは意外な接点がある。第二次世界大戦中に長崎に投下された原子爆弾はニューメキシコで作られものである。UNMCOPの学生が長崎の原爆資料館で学んだ原爆の被害は、彼の想像をはるかに超えたものであったそうだ。また、在宅ケアにおける薬剤師の役割が大きいことに感銘を受けていた。また、このAPPEの副産物として、UNMCOPの学生と長崎大学の学生が思った以上に深い交流を始め、APPE後も双方の薬学教育のこと、進路のこと、日米の文化のことなどの情報交換を積極的に行っているようである。

 これから改善すべき点として挙げられるのは、言語の問題、実習内容、臨機応変な日程の変更である。今回のAPPEに参加した学生は、日本語はほとんど話せなかったため、現地の指導薬剤師との会話は私が常に通訳をしていた。学生もかなり努力をして日本語を積極的に話してはいたが、やはり専門用語の理解と使用までは難しかった。実習内容に関しては、今回の実習で体験したことがアメリカですでに学んで重複している内容もあった。また、上五島は離島であるため、天候の変化により、高速船の欠航がある。今回は長崎市へ戻る日程で天候不良が予測されていたので、大事を取り、予定を1日早く切り上げて長崎市へ戻った。それに伴い、上五島でのホテルのキャンセルや長崎市では新たにホテルを予約しなければならなかったりと思いがけない出費があった。

 今回の日本でのAPPEでは、様々な学びがあり、UNMCOPの学生が将来アメリカの薬剤師として日本の薬剤師業務を取り入れ、アメリカの医療の向上のための足掛かりとなったと思う。2024年の3月にも再び学生を長崎に送る予定である。International APPEの指導薬剤師として、今年の学びを活かし、来年のAPPEがさらに学びの多いものになるよう、努力をしていきたいと思う。

2023/04/30

第203回コラム「雑誌を使った知識のアップデートのアイディア」

上塚 朋子

 急性期の病院の勤務経験しかない私にとって、慢性疾患の薬物治療は何となく苦手意識があります。そんな時に目にとまったのが。雑誌「medicina 602号(20232月発行)」の特集タイトル「慢性疾患診療のお悩みポイントをまとめました」です。扉のページに書かれている「カバーする範囲が広く、一つ一つの疾患の診療アップデートが追いつかない」のフレーズに大きくうなずいてしまいました。高血圧や糖尿病、脂質異常症といった生活習慣病から、慢性心不全、喘息、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、慢性腎臓病(CKD)、肝硬変、認知症、骨粗鬆症などの他、不眠や便秘と、幅広い記事が掲載されています。それぞれのタイトルを見ると、総論的というよりは、知りたくなるような質問の形式で書かれています。本コラムでは、その中の1つの記事「Ca拮抗薬、ACE阻害薬/ARB、さらにはサイアザイド系利尿薬を使用しても降圧目標に達しない場合、どうしたらよいですか?」の記事を例に挙げ、知識のアップデートの方法をご紹介したいと思います。

 記事は高血圧に対する薬物療法の概説から始まります。高血圧治療ガイドライン2019(JSH2019)に記載にもあるように、薬の選択の順序、背景因子の考慮についてまとめられています。JSH2019発表時に知識のアップデートした記憶はあるものの、自分の記憶を確認しながら、薄れつつある記憶を再度確実なものとして定着させていきます。二次性高血圧の診断に進んでいくと、原因となる疾患についての話になり、知識が限られているので、読むスピードが遅くなります。原因の1つの原発性アルドステロン症の項に関しては、精査のために入院する患者さんにかかわることもあるので、確かにそうだと納得しながら読み進めたのですが、途中でつまずいてしまいました。血漿アルドステロン濃度:PAC/血漿レニン活性: PPA(APR)の検査に影響を与える薬剤として、多くの降圧薬や低用量ピルと書かれていたためです。降圧薬はクラスによって影響のあるもの、ないものがあることは把握していたのですが、ピルに関しては初めて知りました。そこで、私は記事の欄外に“後で再確認”とメモを残し、次に進んでいきました。

 最後の項は「治療抵抗性高血圧に対する薬物治療の強化」ということで、タイトルの質問に対する答えになる内容となっています。PATHWAY-2試験という臨床試験等を引用しながら、4剤目の薬剤の効果や使用上の注意点がまとめられ、記事は終わるのですが、読んでいる私の頭の中は“そういえば、セララ以外にも、エンレストも高血圧の適応が通ったよな・・・・・”、“ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRA)使用時のKに関する添付文書の記載は、それぞれの薬剤で一緒じゃなかったような・・・・”とモヤモヤが残り、また今度確認しようと思い、欄外に“禁忌などの再確認、セララ、エンレスト、ミネブロもチェック”と走り書きし、一旦記事を読み終えました。

 私のこの記事に関する学びは、このあと別日にさらに調べたり、試験のオリジナルの文献を読んだりと続いたわけなのですが、気軽に読める6ページの記事からスタートしたとは思えない、大きな収穫あるものでした。もちろん、雑誌の記事単独でも要点が簡潔にまとめられており、情報のアップデートとして有用だと思いますが、せっかくの機会なので、自分の持ち合わせている知識と結び付けて、記憶があやふやになってしまったところを明確にしたり、欠落している部分を埋め合わせるとよいのではないでしょうか?私の場合、そのためにJSH2019を手に取ったり、いくつかの降圧薬の添付文書を見たりと、それなりに時間と手間はかかりましたが、知識の整理はできました。おそらくもうそろそろ高血圧ガイドラインも改訂される頃でしょうから、治療抵抗性高血圧の項を読むのが楽しみです。

 このシリーズの1つの記事の中に、「まずは本号でとりあげられているcommonな慢性疾患とそのガイドラインについてまとめてみる。これらすべてを理解しアップデートしていくことは大事であるが、一人ではなかなか大変かもしれない。所属する組織で協力してできればよいだろう」という記載がありました。部内の勉強会や薬学生の実務実習のテーマとして取り上げてみるのも面白いと思います。代表的8疾患に含まれている疾患が多いのでお勧めです。

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