第207回コラム「薬学教育における時間と質のバランス」
磯 友菜
みなさんは、たくさんある大学の中から行きたい大学を選ぶ際に、何を基準にして決めた、もしくはこれから決めるでしょうか。大学の立地やカリキュラム、入学に必要な条件、授業料や生活費、卒業生の免許取得率や就職状況など、優先事項はさまざまかと思います。しかし、日本で薬学部に進む場合、卒業にかかる年数は6年と決まっており、どの大学でも同じで大学を選択する際の基準にはなりません。一方で、アメリカでは卒業にかかる年数が学校により異なる場合があり、学校選択の際の一つの要因になります。
Doctor of Pharmacy (PharmD)プログラムとは、薬学の専門知識と臨床実務経験を組み合わせた大学院博士課程プログラムで、アメリカで薬剤師免許を取得するためには、ほとんどの場合、Accreditation Council for Pharmacy Education(ACPE)という薬学教育の質を保証する機関によって認可されたPharmDプログラムを卒業する必要があります。ACPEの認定条件を満たす内容を4年かけて学ぶプログラムが最も一般的であり、3年間の座学と初期の臨床実習を終えた後、1年間の長期臨床実習を経て卒業となります。日本とは異なり、PharmDプログラムは博士課程の扱いになり、また基礎科学(化学、生物学、物理学など)などは基本的に教えないので、入学するには、薬学の学習に必要不可欠な基礎的な科目の単位を、大学の学士課程で取得している必要があります。そのため、最も一般的な学生は、高校卒業後、8年(4年の学部+4年のPharmD)をかけて薬剤師免許を取得することになります。入学に際して、基礎科学などの単位を取得していることは必要条件ですが、学士号の取得は基本的に必須ではありません。そのため、1~3年かけて必要な単位のみを取得しPharmDに入学する学生もいます。また、Pre-Pharmacyプログラム(約2年)と呼ばれる基礎を学ぶプログラムとPharmDを合わせたプログラムを用意している学校もあます。この形態が、一番日本の薬学教育に近く、通常、高校卒業後6年かけて薬剤師免許を取得することになります。
数は少ないですが、現在増えてきているのが、Accelerated Programsと呼ばれる3年制のプログラムです。教育内容がACPEの基準を満たしている限り、認可に問題はありません。この場合、通常4年で学ぶ内容を3年や3年半に凝縮して提供することになります。この変遷の背景には、さまざまな理由がありますが、一つには経済的な理由が挙げられます。学校によりますが、3年でも4年でも学ぶ内容は同じなので、卒業にかかる学費はあまり変わりません。しかし、生活費や在学中の収入、生涯年収などは1年でかなりの差になります。特に家賃、食費や光熱費などの生活費の高騰はかなりの影響があります。他にも、入学希望者の減少と学生の質の低下が理由に挙げられます。大学側は、質の高い学生を定員数確保するため、魅力的なカリキュラムを提供できるように努力しています。その一環として、他のPharmDよりも早く卒業できるプログラムを売りにしていることもあります。また、3年半で卒業できるプログラムの利点の一つが、半年早く薬剤師免許の試験を受けられることがあります。アメリカの薬剤師試験は、卒業後、自分の好きなタイミングで受けることができますが、卒後レジデンシーに行く学生は、なるべく早く免許を取得する必要があります。不合格になっても、プログラムが始まるまでに何回か受験のチャンスがあるので、忙しくなる前にしっかり準備して試験を受けることができることも魅力の一つです。しかし、Accelerated Programsの不利益な点もあります。大きな問題の一つとして、凝縮されたカリキュラムのため、一部の課外活動が制限されてしまうことです。特に、Accelerated Programsでは、長期の夏休みがなくなるため、夏休みを利用してのインターンシップや研究活動は大きく制限されてしまいます。アメリカの就職において、ネットワーキングはとても重要で、ボランティアやインターンシップを通して就職先が決まる学生もたくさんいます。また、各種学会への参加やポスター発表でのネットワーキングも、その後の就職活動やレジデンシープログラムのマッチングの際に重要です。PharmDの学生にとって、授業外の課外活動も重要な学びの場であり、ネットワーキングの機会であるため、課外活動の制限は学生にとっては不利益となってしまいます。
PharmDプログラムに入学する学生のバックグラウンドは多岐にわたります。化学や生物系の学士号取得者が多いですが、修士号や博士号の取得者、テクニシャン(調剤補助者)の経験者、看護師や救急隊員など他の医療職の経験者、さらには全く関係のない領域の社会人経験者も多数入学します。また社会経済的なバックグラウンドも様々で、家族を養いながら通う生徒もたくさんいます。このような多様性のため、アメリカでは卒業にかかる年数も、学校選択の際の一つの重要な要因になっています。
参考文献
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