第200回コラム「利他のこころ」
中川 直人
私は、今回のコラムのタイトルを「利他のこころ」としました。
「利他」の反対語は「利己」です。「利己」は「己の利益」を指します。これに対して「利他」は「他人の利益」です。
私は自分の学生時代をふり返ると、自分の利益を優先していたように感じます。薬剤師のキャリアを始めてからも、自分が追い求める理想の自分、自分が学びたいこと、自分の人生が有利になることなどを考えていました。若いころ、薬剤師業務をしながら研究室に行って遅くまで実験していても、自分のためだからと言い聞かせていました。アメリカに留学してからも、英語の講義や英語環境での1年間の臨床実習も、英語に悩まされながら苦労してこなしているときも、自分のためだからと言い聞かせていました。
日本の薬剤師にもどってからのこの10年あまりをふり返ると、ついこの前まで「利己」的な考え方をしていたものが、いまでは「利他」的な考えに変化していることに気づきました。たとえば、「薬剤師には臨床論文の評価能力を培う必要があるから、近隣の薬剤師の先生方をあつめてジャーナルクラブをやろう」、「業務で忙しい中、一定の時間枠のなかで同じ場所に集まってジャーナルクラブをするのは参加する先生方が大変だからe-learningを作ろう」、「講義内でアメリカの薬剤師の話をしてもなかなか学生の心に届かないから、学生を現地まで引率してアメリカの薬剤師や薬学生の姿を見せよう」などです。
このような心の変化は、私の中では自然な変化だったと思います。諸外国の薬剤師教育を受けたくても(見たくても)様々な理由であきらめている方々がいる中で、私は貴重な経験をすることができています。それを自分だけの宝物として大事に取っておくのはもったいない(日本人的な発想ですね)。できるだけ自分の経験をシェアしたいと自然に考えてきたように思います。
この考え方を客観的にみると、実は「利他」と「利己」は両立しているのではないかと考えるようになりました。つまり、他人の利益のために自分がとった行動は、自分の経験値を上げることにつながっている。もう少しかみ砕いて表現すれば、「他人のために自分が共有した行動」=「教えること」が、自分の理解が浅いところを明瞭にしてくれていて、自分磨きの時間を作ることにつながっている。「教えること」が一番の学びであると昔からよくいわれていることですが、まさにこれだということです。
このコラムを書いていて思い出すのが、私がPharm.D.留学時代のある講義での教員の話でした。それは、アメリカでは薬剤師免許取得後に指導薬剤師(preceptor)になるには経験年数の基準がないということです。これはPharm.D.プログラムは実践力教育ともいえるものだからかもしれません。薬剤師になった早い段階から、薬剤師を目指す学生を「教えること」を通して自らも成長する仕組みがアメリカの薬剤師のレベルを上げているようにも見えます。
このコラムで伝えたいことは、ぜひ「利他のこころ」である「教えること」を通して自分を高めてほしいということです。自分が成功した経験や失敗した経験は良い教材になると思います。薬学生しかり、現役の薬剤師の先生方しかりかと思います。もちろん、私もこれを続けていきます。
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コメント
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中川先生
初めまして。
都内病院薬剤部に所属しています小田と申します。
コラムの利他のこころに深く響きました。
専門職だからか、個人で考える、行動する人が多いように感じていました。
他の誰かのことを想像して考える、行動するのマインドに共感しました。学生教育やスタッフ教育に力を入れていますが、このマインドを意識して私も頑張りたいと思います。
中川先生、これからも頑張ってください。
投稿: 小田泰弘 | 2023/02/01 07:58
小田先生
コメントをいただきありがとうございました。ご返事が遅れてご無礼しております。
学生教育やスタッフ教育に力を入れておられるというところから、現場では中堅くらいの位置で仕事をされていると推察しています。
私は教育の世界に身を置いて数年ですが、人を育てることは簡単ではないと痛感しています。私の仕事は学生に薬剤師免許を取らせるところでありますが、卒業生の成長は、現場でどのようなロールモデルに出会うかやどのような現場教育をうけるかで将来が変わってくると思います。小田先生の成功体験や失敗体験を薬剤師免許取りたての若い人たちと共有していただき、良い薬剤師へと導いていただきたいと思います。
小田先生のご活躍を祈念しております。
中川直人
投稿: 中川直人 | 2023/02/15 20:57