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2017/04/11

第132回「英国の薬価制度 -費用対効果評価について-」

                       渥美景子

 オプジーボの高額医薬品問題をきっかけに、薬価制度への国民の関心が高まり、ニュースにもよく取り上げられるようになりました。政府は201612月、経済財政諮問会議での民間議員の提言などを踏まえ、「薬価制度の抜本改革に向けた基本方針」を取りまとめました。今年に入り早速中央社会保険医療協議会(中医協)で具体的な薬価制度改革について議論が始まっています。基本方針の中には、費用対効果の本格導入について記載されており、2017年度中に検討するとされています1)。この費用対効果の評価を先駆的に取り入れているのが英国です。

 そこで今回のコラムでは、英国の薬価制度について、費用対効果評価がどのように利用されているのかという点を中心に簡単にまとめてみようと思います。薬価制度を理解するために、まず英国の公的医療制度の仕組みを改めて紹介します。英国は日本と同じ国民皆保険制度で、National Health ServiceNHS)という国の組織で運営されています。資金源の大部分は税金で、国民は無料で医療を受けられます。初診は必ずあらかじめ登録した家庭医(General practitioner : GP)でなければならず、専門医や病院を受診する場合は紹介状を作成してもらう必要があります。予算の管理は地域単位で行われており、公的医療制度でどの薬や治療をカバーするか等の判断は各地域に委ねられています2)。(ただし、ある一定の要件をクリアした病院は地域から組織的独立が可能で、独自の予算を設けることが可能となっています。)地域ごとに予算が決められている英国では、地域で雇われている処方アドバイザーがいます。処方アドバイザーは臨床の薬物療法とガイドラインの両方に精通している必要があることから薬剤師が担っています。年1-2回程度各GPを訪問し、処方と費用の報告書に基づき、詳細な処方分析及びアドバイスなどをしています。また、GPの一般名処方率を監視し、低い場合は雇用主に報告し何らかの対策を講じてもらうなど、ジェネリック医薬品の普及にも貢献しています。こんなところでも薬剤師が活躍しています。

  GPは自宅の住所でほぼ決まるため、GPの裁量や地域の医療政策の違いにより患者の受けられる医療の差が出てしまい、かつてはPostcode Lottery(郵便番号による宝くじ)とも言われていました。そうした医療格差をなくすために1999年に設立された組織がNational Institute for Health and Care Excellence (NICE)です。NICEは臨床ガイドライン、公衆衛生ガイダンス作成の他、医薬品や医療機器、診断や主義などの技術評価を行っています3)。この技術評価では①使用を推奨する②一部の条件を満たした患者に推奨する③推奨しない、のいずれかの勧告が出されます。医薬品の評価には、臨床的有用性と安全性に加え、質調整生存年(Quality Adjusted Life of YearsQALY))という、生存期間の延長のみでなく生活の質(QOL)を表す効用値で重み付けした指標を利用した費用対効果の評価が取り入れられています。この費用対効果の評価が年々NICEの意思決定に大きな影響を与えるようになってきています4)NICEは1QALY追加で得るのに追加で支払う費用の上限2-3万ポンド(1ポンド 140円換算で3万ポンド=420万円)を目安として意思決定します。費用対効果が3万ポンド/QALYより高ければ費用対効果に優れないとしてNICEが推奨しない可能性が高くなります。NICEはすべての医薬品について評価を行っているわけではなく、薬事承認を得ている薬の中から使用に地域差がある薬や、国の医療財源に大きく影響をおよぼす薬など保健省が決めた対象品に限って評価しています5)NICEの提言は医師に順守義務はありませんが、NICEが推奨しないとほぼNHSの償還対象とならず、実質NICEが推奨しない薬はNHSでは使用できなくなります。

 医療のレベル向上と資源の有効活用へのNICEの貢献は国際的にも評価を受けています。しかしこの仕組みの欠点は、NICEが推奨しない医薬品への患者アクセスが制限されてしまうことです4)5)6)。特に分子標的薬の抗がん剤は費用対効果が悪く、否定的な勧告が出されたものも多くあり、「NICEが抗癌剤のアクセスを阻害している」との批判が起こりました。軽度アルツハイマー型認知症治療薬ドネペジルが経済的な理由により中等度の治療に制限された時は、製薬会社や患者団体がNICEを提訴する事態に陥りました。そのため、価格設定方法に柔軟性を持たせ、患者アクセスを確保する仕組み(PASpatient access scheme2009年に設定されました3)6)。そもそも英国での医薬品の価格は「医薬品価格規制制度」(PPRSPharmaceutical Price Regulation System)のもとで決定されています。PPRSは企業の利益率のみを規制し、製薬企業が原則自由に価格を設定できる仕組みです。PASとは、PPRSのもとで行われている施策です。NICEで推奨しないと提言された薬について、企業が割り引いた価格で薬を提供したり、一定期間以上の投与については企業が薬剤費を負担したり、効果が見られなかった場合は製薬企業がNHSに返金するなど、費用対効果を許容範囲内に改善する一定の条件を設定して、償還を認めてもらう仕組みです。その他、患者アクセスを確保するため一定の延命効果の認められる医薬品に対し1QALYあたりの追加費用上限を緩和する「End of Life medicines」などの政策が施行されました。

 このPPRSという仕組みは、価格を企業の裁量に任せることで、規制をしつつも製薬企業の新薬開発を促進しています。しかし、NHSのもとで使用されるためにはNICEから費用に見合った価値があると判断される必要があります。英国のように原則自由に価格を決定している国でも、「決定された薬価は医薬品本来の価値を反映していない」と批判が起こっています。2014年にPPRSを廃止し、「価値に基づく価格設定」(VBP : Value based pricing)を導入する予定としていましたが延期となり、PPRSが継続されています7。日本の公定価格も医薬品の本来の価値を反映していないとの問題点が挙げられており6)、薬価の設定は難しい問題なのだと感じます。そこで医薬品の価値の一つの指標として用いられるのが費用対効果評価なのだろうと思います。

 このように英国では、ある医薬品を公的医療制度のもとで使用すべきなのかの判断と償還額の設定に費用対効果評価が使われています。限られた財源の中で、公的医療制度を運営していくことに英国も試行錯誤してきたようです。公的医療制度を持つ日本も今後制度をどのように維持、発展させていくか、同じ悩みに直面しているように見えます。日本の薬価制度がどうなるのか、今後の議論に注目していきたいと思います。

参考文献

1)中医協 2016/12/20 薬価制度の抜本改革に向けた基本方針 

2) 医療経済研究機構2013 諸外国の薬剤給付制度と動向 改訂版

3) NICE homepage accessed 5/Feb/2017 https://www.nice.org.uk/

4 ) 白岩健他2009イギリスNICEにおける医療技術評価の現状と医 療技術ガイダンスのレビュー 医療経済研究 Vol.21No.2 p155-169

5) 東美恵2013医療技術評価(HTA)の諸外国での利用状況と課題 製薬協News Letter No.153 p8-12

6)飛田英子2013 医薬品政策に経済評価の視点を ―イギリスの事例をふまえて― JRIレビューVol.4 No.5 p13-27

7) Department of Health 2014 Pharmaceutical Price Regulation System 

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